おすすめ漫画紹介①―僕らはみんな河合荘―

マンガ

注意:この文章はネタバレを含みます。

思春期を経験した人ならば、誰もが一度は一人暮らしに憧れるのではないだろうか。親元を離れたい、自由がほしい、遠くへ行きたい、勉強であるいはスポーツで望む進路へ進みたい…

本作品に登場する主人公、宇佐和成(以下宇佐)も、一人暮らしを始めた理由はありきたりなものだった。


彼が高校入学と共に入居することになったのは、「河合荘」という趣のある下宿。憧れの一人暮らしに心踊らせる宇佐。しかし、そこにいたのは一癖も二癖もある住人たち。
戸惑いながらも持ち前のコミュ力で次第に親睦を深めていき、宇佐は住人の一人、河合律(以下律)にほのかな恋心を抱き始める—

あらすじを見ると、何処にでも在りそうな平凡なラブコメディマンガ。僕も初めて手に取ったときは、面白くない、と判断してしまっていた。キャラクターもワケわからないし、絵もそこまで上手くない。ストーリーにさしてダイナミズムがあるわけでもなく、ギャグがクスッと来る程度。結局一巻以降は読まなかった。

しかししばらく後友人から強く勧められ改めて読んだ結果、完全にハマってしまった。今では一番好きな漫画を問われると、この作品を挙げるようになってしまうほどだ。僕が初めて読んだとき、きっとこの作品の魅力に気づけていなかったのだろう。

読み進めていくうちに、次第に各キャラクターの個性、感情がこちらの心に染みるように入り込んでくる。自分も河合荘に住みたいと、あんなに残念で変な人たちばかりのところへ行きたいと思ってしまう。そんな魅力がこのマンガにはあるのだ。

本作品の魅力で多くの人が挙げるのが、ヒロインである律の変化だろう。初めは無表情、不愛想、無口とラブコメ漫画のヒロインにあるまじき要素を詰めこんだ律が、巻を追うごとに人として、ヒロインとして成長していく様は口元が思わず緩んでしまう。主人公宇佐はヘタレでありながらも、彼女への気持ちだけはまっすぐ曲げることがない。

基本的にライバルとなる他のキャラクターもそこまで出てこないので、ドロドロが好みの人には物足りないかもしれない。しかし二人の不器用な純愛は糖分過多に注意が必要だ。

また、テンポよいギャグの掛け合いが、雰囲気を程よく保ってくれる。シリアスなシーンにもしっかりくだらなすぎるギャグを入れてきて、あくまでもこの作品が重いものでないことを印象付けてくれる。

未読の方にはぜひその点にも注意しながら読んでいただきたいが、それだけなら僕が一番好きなマンガとしてこの作品を挙げることはなかっただろう。もちろん、先にあげた良さもあるが、意外と既読の方も気づいていない、隠された魅力が僕の心をつかんで離さない原因だと思う。

この作品は、ラブコメを軸にしつつ、その背景にモラトリアムからの卒業や人と人との関係によって生まれる相互作用、変わるものと変わらないのの対比など、あくまでも本編に添えた形ではあるが、メッセージ性を多分にはらんだ作品でもある。

下宿というのは多くの人にとって、一時的な仮宿にすぎず、一生をそこで過ごすことはない。管理人である河合住子さん(以下住子さん)は、時折そのことを口にしている。

宇佐も律も、その他の住人達も、いずれはその空間から巣立っていく。そんな一時の空間にもかかわらず、彼らには強いきずなが生まれていく。その「時間」に、僕はとても惹かれたのだと思う。

とある回で、元住人のキャラクターが河合荘に遊びにくる話がある。彼女は今の生活にやりがいを感じつつも、自分がいたころから変わった河合荘を見て、人のぬくもりを求め、河合荘に帰りたい、とポツリと漏らしてしまう。そんな彼女に、住子さんは、ある種残酷でもあるこんな言葉を告げる。

一度出た仮宿に、戻ってきてはいけないわ。

安易に思い出にすがるのは、思い出を壊しやすいから気を付けて。

この言葉こそ、本作品が持っている切なさの答えだろう。この作品は何度も言うように基本的にくだらなくどうでもいい話ばかりだ。しかしそんな何気ない日常も、河合荘で過ごした思い出の一ページであり、かけがえのないものだ。くだらない話ばかりであることで、逆にそれが読者の心に強く残る。

この作品は随所に、そしてさりげなく、この作品が仮宿であることを思わせる描写があり、時は進んでいき人は変わっていくことを読者に訴えかける。

うっかり落ち着く

この言葉はアニメ「僕らはみんな河合荘」のエンディングテーマ、My Sweet Shelterの歌詞の一部分だが、まさに本作品の魅力を端的に表している。

残念な住人たちが織り成すドタバタラブコメ、ヒューマンコメディ。それなのになぜか、実家のように、その世界に心地よさを感じてしまう。

本を開けばどんな時でも、現実世界の喧騒を忘れさせてくれる、変わらない河合荘がそこにある。

あなたも是非、一度手に取って河合荘の住人になっていただきたい。


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